filizのページです。
Text Size :  A A A
ごあんない| はいく| 写真| つづる| さぬきにっき| リンク| うち、ムスリムやねん。| Twitter @Sanuki_Hottea| おたよりはこちらから| おしらせ
新しい年が明けてから、英語と大学院関係に熱中しています。
そんなわけで今日は、今後のことを考える上でも役だちそうですし、
自分の英語学習歴についてふりかえってみようと思います。

<ローマ字が支離滅裂・中学校時代>
中学校時代は、全く英語はできませんでした。
特に、「書き」が苦手。
たいそう目茶目茶な文字を書いていました。
単語を目で憶えることも苦手。
仕方なく、教科書がそのままCDになった教材を
何度も何度もきいて丸ごと憶えました。
その当時「公募」にはまっていて、
ある時あるキャッチフレーズが採用され、
図書券だけは潤沢にあったがゆえの苦肉の策。
そんな私が国際教養科を目指すようになったのは、
「1年下に新しい科ができた。行きたかったな。」
という姉のひとことがきっかけでした。

<始まりは頭痛と吐き気から・高校時代前半>
「私、英語は全然できないよ〜ん」という、
相変わらずの自己認識を持ったまま入った国際教養科。
そんな私にとって、まさしく「スパルタ」な日々が始まりました。
初めての「リーダー」の授業は今でも忘れもしません。
50分間、イギリス出身の先生が、全て英語で授業を展開。
その後、誇張ではなく、本当に、吐き気と頭痛に襲われました。
次の授業から、さすがにそれほどの反応はなくなりましたが…

リーダーの授業は、テストも全て英語でした。
最初は、指示されていること自体が分からない。
その他、確か2年生になると、文法の授業なども全て英語でした。
「名詞」「過去分詞」などの英語が分からない!から始まり、
エッセイの課題が毎週出され、
初めは半泣きで3時間くらいかけて書いていました。
この、「初めは半泣きで3時間くらいかけて」のパターンの課題は、
まだまだ他にもありました。
例えば、確かLLの授業だったと思うのですが、
5分間くらいのニュースのトランスクリプトを穴埋めしてこい、とか。

しかし、慣れというのは恐ろしくも素晴らしいもので、
しばらくすると、30分くらいでこなせるようになってきました。
とにかく、英語の授業の種類と数が多く、
そこで出される課題も多かった高校時代。
予習・復習をしないと絶対に、絶対に無理だったので、
高校時代の英語で初めて、意識して自習するようにもなりました。

何より一番貴重だったのは、
「授業中、発言して当たり前」の世界に出会ったこと。
多感な中高生時代、授業中に発言するなんて良い子ぶって!
みたいな雰囲気になることは往々にしてありますよね。
でも、高校時代は丸っきり逆だったのです。
他の何に関しても、積極的で活動的、主体的なことが
良いことだという、生徒間の雰囲気があったのです。
また、国際教養科は、いろいろな生徒がいました。
日本以外の国籍の親戚がいることや、自分がそうであること、
日本以外で育ってきたことなど、
いろいろあって「当たり前」の世界でした。
高校入学とほぼ同時期にトルコ人の友人ができ、
後にトルコ人と親戚関係になった私にとって、
この「当たり前」の雰囲気があったことは、大変な支えでした。



-----