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今日から9月やのう…と何気なく8月の英語学習時間を集計してみたら、
アルハムドリッラー、100時間とちょっとでした。
あの若干身の危険さえ感じた暑さの中、
うだるような、ではなくて、事実うだっていた中、
もちろん論文も同時進行していた中、
これは快挙と言ってよいのではないでしょうか?
7月も同じく100時間超だったのですが、
かなり自分を追い詰めてがんばった7月と違い、
今月は全く自覚のないまま、普通にやっていたので、
良い習慣がついてきたのかなあと思います。

昨日、夜から朝まで電話しまくりましたが、
営業時間終了2時間前の営業時間終了というウルトラCを出され、
月曜はアメリカの祝日ということもあり、
少なくとも来週の火曜の夜まで、英語の試験のトラブルは
解決されないこととなりました。
しかしまあ、やれることは全部やったつもりなので、
ある程度ふっきれました。
火曜日まで全部忘れて普通に勉強します。論文も。
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最近、ほぼ日で本気で感嘆したことがある。
手帳ではない。
センチメンタルテリトリーだ。

一番最初に登場した時にちらっと見て、
よく分からず、やり過ごしていたが、
最近改めて見てみて、ほおおぉぉぉ!と思った。
全部の経緯を知っているわけでもないし、
誤解、語弊があるかも知れないが、
私個人の勝手なやり方でザクっとまとめてしまうと、
要は、Tシャツ販売のプロモーションでしょ?
それなのに、ここまで、するのか?という、
一つの、物語まで創ってしまうのか?という、
その発想が素晴らしいと思った。
今時の言葉で言うと「世界」とか「世界観」なんだろうけど、
あえてそうは表現したくない気がする。
なんかそういうところで、センチメンタルワールドでもなく、
センチメンタルストーリーでもなく、
「テリトリー」なんじゃないかなあ。

Tシャツを買う人は、もはやTシャツを買うだけの意味で
それをするわけではなくなる。
一つの、自分のお気に入りの大切な物語の本があって、
それに因んで、あくまで「副」としてそれを買うと。
映画とかのキャラクターグッズ販売に似ている発想だけれど、
そういう安直な感じでもなくて、
もっと想像力というか、「創」の部分に訴えかけていると思う。

センチメンタルテリトリーの象徴「なみだ」、
まさにそのなみだ型のペンダントが出てきた時に、
一瞬惹かれたけれど、ペンダントをつける趣味が無いので
ぐっとこらえた。
しかし!私の一番大好きな分野である「音楽」に
その領域が達してきたので、
あのダウンロード販売のCDはおそらく買うと思う。
その「発想」を私も大切にしたくて。

センチメンタルテリトリーの企画を見ていて、
表現することと、伝える、ということと、
クリエイティブということ、
なんと言うか、惜しみなくクリエイティブということが、
すごく関係しているんじゃないかと、
たぶん、それは当然のことなんだとは思うけど、
改めて、自分の発想を刺激された気がした。


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最近本を読んでいてふと考えたことがある。
人によって定義が違うと思うが、
仕事で、「クリエイティブな部署で働けていて…」
などというのは、私は違うと思う。

本来、全然創造性というか、想像力が働かせられないような、
ガッチンガッチンの固定あるいは閉塞状態でも、
むしろそういう状態だからこそ、
何かこう、ひらめいて、活路を見出していく、
そういうことがクリエイティブなのではないかと思う。
いわば、工夫の親玉のような、工夫大魔王みたいな力を、
私の定義ではクリエイティブな力だと思っている。

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もうすぐまた英語のテストを受けるのですが、
それと言うのも前回のテストの結果が未だに分かりません。
いろいろとトラブルがありまして、解決したと思ったんですが、
最後の最後でひっかかっている感じで、
結局、まだ結果が見られないのです。
一応今日、明日と試みだけはしようと思いますが、
2日とか1日前に分かったところで、もうどうしようもないですよね。
まあ、それでも良いかあと逆に開き直っています。
この方が、次のテストで全力を尽くせるかも知れません。

次世代になって二度目の受験ということもあり、
特訓を受けた心理的(語学的でもあってほしい)効果もあるのか、
今回はだいぶ気分が楽です。
ビイズニッラー、
可能な限り最後まで落ち着いてやり遂げるのが目標です。
皆さん、ドゥアまたは念をお願いします。


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と自分でも思うのですが、
テストを目前に控え、メール魔、電話魔みたいになってました。
被害を被られた方、その節はごめんなさい。
前の時は相当自分を追い詰めて、柄にもなく閉じて、閉じて…
という感じだったから、
開いて、開いて…と思いすぎて開きすぎ、みたいな状態かなぁ。

でもなんと言うか、前みたいに、
「逃げ」としての勉強、に逃げたくないのです。
勉強だけに没頭することで逃げていた何かに、
テスト直前、テスト中、そしてその後に容赦なく襲われた、
それをもう一度繰り返したくはない。
あのテストって本当に甘くないから、ここまで来たら、
どうせ付け焼刃では通用しないんです。
もちろん調整というか、受験戦術という意味では、
テスト直前まで、いろいろやろうと計画はしていますが。

全力を尽くすって言うのは、
自分に正直であるという意味もあるんだなあと思います。
自分をだましたり、偽ったりしながら、
手ごわい相手に向かうなんてことはできません。
その意味では、受ける前から、負けてました。この前は。

そのテストの結果を全然知らずに、
今回を受験しないといけないことが昨日の電話で確定しました。
何回も電話したので、馴染みの人だった、というのもありますが、
最後に心を込めて、「ありがとう」って言えたのは良かったと思います。
その前に、「え〜長すぎ〜!48時間以内って書いてたじゃないですかぁ!」
と八つ当たりしてしまった埋め合わせというのも多分にあるのですが。

本当に前のテストの時の私は弱くて情けなかった。
でもその、弱くて情けない私も、他でもない自分だから、
少なくとも最後のところで逃げずに、受けて良かったなあと思います。
だからこそ今があるから。
いろいろな人の支えがあったからこそ、もう一度ここまで来れました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
では、次はラマダーン中にお会いしましょう。
ありがとうございます!!


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「filizフィリツのページです。」及びfilizのサブサイト、
「うち、ムスリムやねん。」のBGMを変えました。
どちらもValseさま作曲(音楽製作団体FICUSEL内)です。
一目惚れならぬ一耳惚れした二曲です。
音量を調節してお楽しみください。
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昨日、テストを受けてきました。
エレベーターで会場に向かったら、降りた瞬間、ただならぬ気配が。
誰かが泣きながら話しているのです。電話のようでした。
会場の入り口に向かうほど声は大きくなり、内容が聞こえてしまいました。
その人は、私と同じ試験を受ける予定で、
でも、有効な身分証明書を忘れてしまったようでした。

きっとその人も、この日に向けて、
一生懸命努力を重ねてきたのだと思います。
最後の最後で、本当に、どれだけ無念だったでしょう。
その人は、何か手だてはないか、受付の人に再度確認した後、
「ごめんなさい」とひとこと言い残して、帰っていきました。
その人が笑顔を取り戻して、
もう一度受験に来られるようにと願いました。
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ムスリムの皆さん、ラマダーンカリーム!
どうぞ素敵な日々をお過ごしください。

さて、以下にも少し書きましたが、先日試験を受けてきました。
何より、前回のテストがトラブルまみれだったので、
ちゃんと今回のテストの予約がされているかが最大の懸念事項で、
予約されているのを確認した後には、
「よっしゃ!それならもう、なぁ〜んでも良いやぁ〜」
と、妙な開放感がありました。

感触的には前よりもはるかに良い感じでした。
英語の使用に関して、何か脱皮できた感じがします。
「さなぎ」になった感じです。
もし、今回も点が足りていなくて、つまり、
「困りますね〜さなぎでは、ダメっすよ〜」と言われたとしても、
次は、「蝶になれば良いんでしょ?」という感じです。
少なくとも、もう「あおむし」ではない。そこには戻らない。
でも、「あおむし」の時に、そのたくさんの足で頭を抱えて、
「ん〜〜どぉ〜したらいいんだよぅ〜」と固まっていた、
その時期があったからこそ、
さなぎになれたのではないかと思います。

というわけで、ある程度安心して、
電光石火、論文モードに切り替えました。
もちろん、論文モードの中でも、英語の学習は続けていきます。
どっちにしろ留学に向けていかないといけませんし。
でも、今回でも実感したのですが、
TOEFLに限定した教材だけをやっていても、
もうそろそろ、一定程度、頭打ち感があり、
それ以外のところをやることによって伸ばせる部分も多いと思うので、
一石二鳥かなあと思っています。
今後は、論文モード→実習モードと来て、もしも今回がダメだったら、
再びテストモード→論文モード、と続きます。

というより、ラマダーンです!
私にとっては10回目の、記念すべきラマダーンです。
感謝を胸に、皆さんといっしょに、
恵みがいっぱいの、楽しいラマダーンが過ごせますように。


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アルハムドリッラー、
今日、たぶん、この10年で一番嬉しいことがありました。
ヒジャーブをつけて教育実習に行けることになったのです。
今回は、私にとって4回目の教育実習。
過去2回の実習の直後、大学でもヒジャーブを着け始め、
3回目の時は、自分の中で負けてしまって、外して行きました。
もうどこでも着けていたので、余計に痛かったです。

そして満を持して今回。
同じくムスリムの知り合いに相談を持ちかけ、
「シレッと作戦」で行くことに。
それというのは、シレッとそ知らぬ顔をして、
さも当然のようにヒジャーブをつけて行くというものです。
人は案外他人がどうかとか、気にしていない、
ビクビクしていると逆に気にならせることになる、
という理論(?)に基づくものです。

その結果、実習先の担当者の方にも、
指導の先生にも若干質問されたくらいで、
さらりと流し、大丈夫になりました。それどころか、
「イスラム教の教えで、
何か失礼になってしまうことがあったら言ってね、
いろいろ教えてね。」とおっしゃっていただけました。

教師をやっている知り合いに電話したら、
「当たり前だよ、そんなのは個人の自由だ!」と一喝
そうだったのか!と今さらながら実感。
いやまあ、学校種にも若干、関係はしていると思います。


勇気って、小さいところから出していってこそ、
だんだん大きくなっていくんだなあと思いました。
今回のために、最初、私はパスポート写真を
こちらも満を持してヒジャーブ付きに変えたのです。
これにはそこまで勇気は要りませんでした。
でも確かにそれが支えになって、今回挑戦できました。
そして今回の事実が、また次へつながるでしょう。

10年前、ラマダーン中、
前を歩いていた通行人のひとことをきっかけに、
自分はヒジャーブを着けたいのに着けるのが怖い、という、
ジレンマ状態と10年間つきあってきました。
だから、いろいろな理由があって、ヒジャーブが着けたくても
着けられない人の気持ちが痛いほど分かるつもりです。
逃げて、こわがって、一進一退を繰り返していた、
過去の自分を、責める気も毛頭ありません。
何で、もっと早く思い切れなかったんだろうとか、思いません。
人それぞれ、必要な時間があるんじゃないかなあ。

以前の、「あおむし」の喩えじゃないですが、
頭を抱えて「うぅぅぅん…」と言ってた期間があったからこそ、
今があるように思えて仕方がないのです。
もちろん、周りの人の支えもあってこそです。
私がヒジャーブを着け続けることで、他の人が
「私は着けていない…」と傷つくのは私の本望ではありません。
どうかそういうことがありませんように。
この弱い私が、ヒジャーブを着けて日々の暮らしを生き、
心の底からの開放感を喜んでいるのをみて、
「うぅぅぅん…」とうなっている人が顔を上げ、
「ん?良いかも?」とちょっとでも思って下さったら、
本当に良いのにと思います。

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毎日容赦なく暑いですな。
皆さんラマダーンをいかがお過ごしでしょうか。

私の方は、2日目にいきなり寝坊して、
それでも時間がギリギリあったので、水だけ飲んだ、
という「うっかり」もさっそくしでかしつつ、
5日目を迎えております。
昨日もそうだったのですが、この時間帯は特に、
自宅がめちゃくちゃ暑く、
サウム明けまでの時間と重なり、かなり、
かなりハードな状況になっています。

さ!買い物も行ってきたことですし、
そろそろイフタールの準備にかかります。
引き続き、恵み深き楽しいラマダーンとなりますように。

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皆さん、ラマダーンをいかがお過ごしでしょうか。
最近、私はサフルをいただくときに、なぜか、
あの、電化製品が踊りまくっている映像から始まる、
とてつもなくテンションの高いテレビショッピング番組をよく見ています。

やはり朝が早かったり疲れていたりで、眠くなったり気分が悪くなったりして、
なかなか食事を取り続けにくいのですが、
この番組を見ていると、こちらまでテンションが上がってきて、
何となく勢いで、意識をはっきりと保ち続けることができます。
最近のお気に入りのフレーズは、
「皆さん、冷静に計算してみてください。
・・・全然合わないと思いますよ。」というひとことです。
シュールで素敵です。

冷静になればなるほど、間に合わないことがはっきりしてくることって、
皆さんありませんか?
私はいま論文執筆モードなのですが、まさにその状態です。
集中すれば集中するほど、全体や、やるべきことが見えてくるほど、
残された時間と作業量が全然合わな〜い!
もう、サウムの喉の渇きも、空腹も吹き飛ぶほどです。
いえ、すでに吹き飛んでいます。
でも、英語の試験モードの時にちょびちょびと進めていた分が、
今になって心理的に効いてきていて、そこまで焦燥感はありません。
ビイズニッラー、尽くせるだけ努力を尽くすぞ〜!



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