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ビスミッラーヒラフマーニラヒーム
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

K・Y、K・Yと言う、ことが夫との間で微妙に流行っています。
K(今年も)Y(よろしく)です。
もっと正確に言うならA・O・K・Y…アオキィ〜ッ!って何ですか?
そんなこんなで、今年もよろしくお願いします。
SKKY…(←もうええって。)
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本日から、さぬきにっきは年末年始モードを解除し、
通常モードに戻りました。
ちなみに自分は戦闘(論文執筆)モードです。

ただ、せっかくのお正月、まだ3日ですので、
新年の抱負及び新年の希望(去年までは野望でした)を書きます!

2008年は
Stick,Synthesize,Smile!
つかむ つなげる スマイル
−練習は裏切らない−(某手帳2007年7月26日の言葉より)

(Stickと「つかむ」、Synthesizeと「つなげる」とは、
きれいにイコールではないですが、
これは訳語としてではなく、別物として挙げています。)

続いて〜 2008年 私たち夫婦のテーマは、
「つなぐふうふ」

2008年 新年の抱負は…

?英語力を維持、向上 
?図書館利用及び読書記録の復活(図書ノート、ほんの覚え書きを活用)
?博士論文のリサーチデザインを仕事に就く前にある程度作っておく
 データを取りながらも時々考える
?質的研究法について自学する
?芸術のモチーフとしての障害、病気、死について考える

続きまして、新年の希望―
?言葉以外でも表現していきたい…苦手だけど、絵を描いていく
?作句(俳句作り)を継続する(自分に合った歳時記を見つける)
?自分の声以外でも歌いたい…バンブー・サックスの練習を続ける
?今年はタフスィール等をきちんと読んでいく
?Linux系をマスターして自分に合った使い方でPCを操る

というわけで2008年はインシャーッラー、
Stick,Synthesize,Smile! で行きます!
よろしくお願いします。

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昨日、「家のパソコンで焼いたCDで不具合が出るので、
あなたのノートで一回やってみてほしい」
と夫に言われ、ダウンロードし、焼き(「書き」ではない)、
ブートの順番を変え、初めてパピー(Puppy-Linux日本語版)を
自分のパソコン上で起動しました。
このパソコンでLinuxカーネルをもつディストリビューションが
初めて動いた記念すべき瞬間でした。

一番衝撃的だったのは、起動と終了の速さ。
ものすごいですよ!
いちいち「はやっ!」と突っ込んでしまいました。
そしてその軽さ。日本語版で120MB程度ですよ!
その後、USBメモリからのブートにも成功。
すったもんだした挙句、オープンオフィスの導入にも成功。

そしてもう一つ、「焼き」がうまくいかない、
と夫が言っていたubuntuにも挑戦。
こちらも衝撃的でした。本当にショックでした。
ubuntu日本語ローカライズド版ライブCDを焼いたのですが、
その質の高さと言ったら、ショック以外の何物でも無いです。
日本語使用環境もこの上なしといった感じです。
有線LANも、何もかも自動で読み込んできて、
WEBブラウザは試してみたかったファイヤーフォックスだし、
オープンオフィスが導入済みでばっちり日本語が使えるし、
何よりその見た目のきれいさと使いやすさが半端ではありません。
それなのに無料!(私がダウンロードしたものは。)

本当に、カルチャーショックを受けました。
今まで自分が当然だと思ってきたこと、
そういうものでどうしようもない、仕方ないと思っていたことは、
一体何だったんだろう?と思いました。
それから、単独で何でもしようとするのではなく、
大勢の力を出し合って作っていくことのすごさを
改めて感じました。とても象徴的でした。

結局、パピー日本語版はちっちゃいUSBに入れて快速作業用に、
ubuntuは今後ハードディスクに入れてXPと並行使用、
そして本家(英語版)Puppy-Linuxを含む、
オープンオフィス(英語版)組み込み済みの、
Tmxxine-Linuxを英語の勉強を兼ねて、
大容量USBメモリに入れて使うことにしました。
全然お金を使っていないのに、
一人で4台のパソコンを持っているようなものです。
論文が落ち着いたら本格的に、でも少しずつ、
勉強していこうと思っています。
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先週末から、私が勝手に「封印」と呼んでいる作業をしています。
論文の提出に向けて、一旦、とりあえず、思いを切っていくことです。
ずっと論文を書いていくと、ある程度のところで飽和状態が来ます。
思いつき、調べ、考え、書き、修正し、という流れが頂点に達すると、
全てがダメに思えてくる、全部消したくなってくる時が来ます。

しかし、ここで全部消していては、提出ができませんので、
ある程度頂点に達したなあと思えたら、印刷してしまい、
その部分は作業中ファイルからは削除します。
もしくは、作業すべき部分だけ残すと言った方が良いかも知れません。
全部消したくなりそうな部分は、一時的に見えなくしてしまうのです。

今週11日の提出を目標にしていますので(本締め切りは15日)、
「1月11日版」作成のために、順次封印していっているところです。
封印すると、ものの見事に、その部分に対するネガティブな感情が、
関係のないことをしていても、自然に何度も何度も浮んできます。
でも見ません。直しません。
1月11日版が完成するまでは。

インシャーッラー晴れて1月11日版ができたら、
それから半月ほどは、今までじっくり読んでこなかった、
あまり論文には積極的に取り込んでいない資料を、
落ち着いてみてみようかなあと思っています。
査読が終わったら封印を解きます。
実は2月15日に別件で修士論文を提出する必要があり、
これはバージョン1.5みたいな感じになると思います。
3月中旬までを目処に、バージョン2.0ができたらいいなと思います。

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1月11日、アルハムドゥリッラー、
修士論文の表紙に無事「検印」をいただいてきました。
口頭試問はまだなので、大安心はできませんが、一安心です。

その前日、11月に受験した英語の試験の結果が、
やっと、ぃやっと閲覧可能になり、確認できました!
目標点には7点足りなかったのですが、
アルハムドゥリッラー、以前より11点上がってました!
またスピーキング以外では全て自己最高点でした。
そりゃ、今までより高い点を取らないと目標点に届かないので、
最高点になるのも当然、というかそうじゃないと無理なのですが、
スピーキングが伸び悩んだ分、他の上がり様がすごかったのです。
逆に言えばどんだけ足引っ張るねん!ということなのですが、
そのスピーキング内の前半でも1段階進歩したので、
そこはかとなくまだ、希望があるんです。
一番嬉しかったのは、あれほど苦手だったライティングの前半で、
4段階のうち一番良い評価だったことです。
それが本当に、一番嬉しかったです。

誰やねん、2年かかるとか言ったん、2ヶ月やん!
…などと、いきなり態度をでかくしてはいけません。
別に先生はいつもの「私の経験では」で言ったのみで、
直接的にそう言われたわけでもないし。
(と、誰が言ったのかバレている)
この次は本当に目標点をインシャーッラーしっかり取って、
先生の「経験」も更新されることを願います。
私の受けている英語の試験の指導経験は無かったそうですから。
でもなんか悔しいから、1年も切るように目指したろかな?

…などというアホはともかく、本当に先生には感謝しています。
そもそもあの先生に引き合わせてくれた友人や、
夏の暑い頃などに通学を支えてくれた友人たちや夫に、感謝感謝です。
どうして私は10月に、あんなにひどく「もうやめたい」と思ったのか、
今では本当に不思議です。しかもあんな中途半端な時期に。
あのままやめていたら、11点上がっていたはずの結果も知らず、
自信も無いまま、ほんまどうなってたやろう?

でも、さなぎから蝶になる時が、実は一番こわいのかも知れません。
蝶になれた気がする(ただしまだ羽が柔らかくて飛べていない)今、
振り返るとあの時は、
「蝶になる」というのが間近にはっきり見えていて、
かつ自分の力が足りているのか、不安で仕方が無くて、
最大限の尻込みをしていたように思います。
「あんなに努力していたのに、点数に反映されないのは理解できない。
だとしたら、課題はあなたの中にあるんじゃないのか?」
という先生の指摘で、本当にギリギリのところで思い留まれて、
アルハムドゥリッラーほんまに良かったです。
自分から逃げなくて良かった。

そして修士論文を(一応)提出できたのですが、それは、
今までバラバラだった「論文」と「英語」という課題が、
一つになった瞬間でした。
この次の博士論文は100%英語で書くわけですから、
インシャーッラー無事留学できたら。
結局英語の試験だって、それだけが単独で存在するわけじゃなくて、
留学、というか、まわりまわって博士論文のためなんですから。
長かった…まだ長い…でも見えてきました。
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口頭試問を控え、とりあえず頭の飽和状態から回復するために、
束の間の自由を謳歌しています。ぽわんぽわんしています。
まずは、論文執筆モードでぐっちゃぐちゃになっていた
ファイルやコピー類を片付ける作業を、気が向いたらやってます。
そんな中、ゾーっとしたことがありました。

論文執筆に関して書いてきた文書、中間発表のレジメ等は、
私の場合決して多くありません。
もっとコツコツ書き溜められたらといつも思っています。
それでも、2年分だと、ファイルに収まりきらなくなっていて、
しかも当初講義のレジメ等と混ぜていたので、
それらを分けて、整理してファイリングし直したんですね。
そしてパラパラ見ていたら…うわあ!と思いました。

全部あるんです。
今回修士論文に書かれた、アイデアの種みたいなのが。
全部出ていたんです。
もっとコツコツできたらなあ、イケてないなあ、
と思っていた、決して多くない文書の中に、すでに全部在ったんです。
論文執筆中に、お、ひらめいた、などと思っていたそれは、
1年前とか、1年半前とかに、ちょろっと書いて、
イケてないなあ、と思っていたまさにそれだったんです。
その時はイケてないと思っても、とりあえず書いておくことは
ほんまに大事ですね、痛感しました。
博士論文に向けて、すぐ消去したくなる気持ちを抑えて、
ちょっとずつ書いていこうと思いました。
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私はあんまり「ウザい」とか言う言葉を使いたくないのですが、
昨日、ウザ!と思ってしまったことがありました。
でもそれで気がついたのは、
自分は最近、持病のことを人に話してないのではということです。
そういえば全然だった・・・

最初の頃、だから大学の入りたての頃は、
高校の時の友だちとか、あの頃は少なかったけどムスリマの友人とか、
同じ病気の友人とか、それこそホームページとか、
言いまくってた気がします。「やまひ君」とか。

あれから何年も経って、進行性のその名の通り、
ほんのちょっとずつ、ちょっとずつ悪くなってきていて、
ほんの少し、ほんの少しずつ新しいつらさが加わってきていて、
その度に、特に最初は、驚き慌てるのですが、
でもたぶん、自分の精神力とか気力とかが充実してきて、
多分に「慣れ」もあって、
そうほんまに、どんなことにも順応する人体ってすごくて、
今は病気のスピードより私のほうがだいぶ先を行っているのです。
たぶん。アルハムドリッラー。

医者ではないので詳しいことは分からないけど、
この病気のスピードを何十倍速にも速くしたら、
たぶん悪性になるんじゃないかな、
そういうことを悪性って言うんじゃないかなと思います。
今はすごくそのバランスが、絶妙な感じなんだと思います。
だからたぶん、見た目にも全然分からないんじゃないかな?
というか、最初のころと違って自分の体調に合わせてるので、
あまり他人がいるところで、しんどがったりとか、
全然していないので。しんどい時は家で寝てるもんね。
それぐらい、病気に振り回されなくなったというか。

でもこれからは、違う意味でもっと病気のことを
ちゃんと話すべき相手に話していった方がいいのかも知れません。
だけどなあ、めんどうなんですよ。
誤解とか、要らぬ同情とか、
そんなの意志の疎通では当たり前、それを乗り越える、
とか言っても、ことがことだけに、
かなり、めんどうレベルが高いのです。
というわけで、さぬきにっきで練習しています。

一番直近で言う「はめになった」のは、例の英語の先生です。
全く言う気なんて無かったんです。
でも、あの時期の若干の無理がよくなかったのか、
一年に一回レベルの強烈な痛みがレッスン直前に襲ってきて、
「うお…」とお腹を抱えていた時に、なんで今?という時に、
ばっちり先生が来て、というか知らぬ間に来ていて、
名前を呼ばれたんですけどすぐには反応できなかったんです。
焦点が全然合わなくて、とりあえず声のする方に顔を向けて、
ボワーっとした映像がだんだんはっきりするにつれ、
先生の「どないしてん?」な顔が見えだしました。

その後、何かときかれるのが嫌だったので、
無理やり立ち上がって歩いて、
「いやーちょっと遅れそうだったので速く歩きすぎて」
(別にこれはウソではないですが、説明にはなってない)などと、
原因と結果の全くつながらない言い訳でごまかしにかかったのですが、
現在進行形の症状に対する自分の動揺もどうすることもできず、
だいたい、小さなことでも猛烈な関心を示す
先生をそんなごまかしで交わすことなどできず、
「○○か?××じゃないよな?」という、数打ちゃ作戦にはまり、
というか、「めんどう」が対局の「めんどう」まで突き抜けて、
結局最後には病名をズバっと言ってしまいました。

ところが驚いたことに、絶対無いやろう、と思っていた
先生の「私の経験」ストックに、なんとそのものズバリがあったんです。
正確には「私」ではないですが、ご友人が同じ病気だそうでした。
それで私の症状も一発で理解してもらえたようでした。
絶対言う必要も無いし言いたくもない、と思っていたのですが、
なぜか、言ったあとは、妙に気が楽になるというか、
自分が相手に対して知らずに作っていた壁が消えたというか、
そんな不思議な感じがしました。
逆にいえば、なんで私、隠してたんだろう?と思いました。
敢えて隠しているつもりはありませんでしたが、
相手が何も分からないようには敢えてしていたように思います。

でもそれは、まず自分の中でバランスを取るために
必要だった気がする。
それがかなりできてきた今、これからをどうするか…
考えどころです。
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とうとう私のラップトップにedubuntuを入れました。
windowsで言うところのDを贅沢に使って区切って
XPと共存の形の二つ立ち上げ型にしました。
これは、リナックスカーネルを持つディストリビューションの一つ、
Debian系の、さらにubuntu系の中の一つです。
昨日、夫が「ubuntuの親玉が…小buntuたちが…」などと話している時、
ぽつりと「親buntuもそうなってる…
ん…これから親分トって呼ぼうっと。…」と勝手に決めていました。
正式には?ウブンツらしいですけどね。

大学のファイル類の片づけがやっと終わりました。
先週から大学図書館で、これでもかというほど、
いろいろな種類の本を借りています。

絵本からのお菓子のレシピ…
リナックス開発者についての本…
三橋節子についての本と画集…
教師に関する障害学の英語文献…
フィンランドの教育についての本…
赤毛のアンの第四巻の原書…

こう書くとそれほどバラバラでもないのか…
でもほんと英語の試験の勉強をやってて良かったなと思うのは、
英語を読みとるスピードが格段に上がったことです。
今ではほとんど日本語と変わりません。
これは意外に、結構、何かと便利です。
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今しかないやろ!という勢いと、
英語とLinuxの学習を楽しく続けようと
とうとう「うちムス」とさぬきにっきの
英語版に取り組み始めた関係で、
filiz及びうちムスの早春のサイト改装を始めました。
この機会にすっきり整えられたらと思います。
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アルハムドゥリッラー、今朝(今朝!)口頭試問が
おかげさまで無事終了しました。
具体的で前向きな、改善すべき点に関する指摘をいただけて良かったです。
びっくりするぐらい予想外に肯定的なお言葉もいろいろいただけて、
自分自身でこの2年間を肯定する気持ちになれたのが一番嬉しかった!
1年目は仕事もバリバリ続いていたし、
世界宗教者平和会議を筆頭にムスリムとしても活動がいろいろあったし、
2年目は別のアルバイトと、英語の勉強をしていて、
教育実習もあって、全てが中途半端になってしまうのではと、
ずっと不安があったりしましたけど、
アルハムドゥリッラー、こんな素晴らしい終わりを、
そして、少しばかりの勇気と共に博士号への道の始まりを、
今日迎えられるとは思っていなかったです。
このさぬきにっきをご覧下さっている皆さんのほとんどは、
実生活でも関わりのある方々だと思います。
今まで本当にありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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今日から、さぬきにっきのサブタイトルと記事カテゴリが、
Stick,Synthesize,Smile!に変わりました。
というのも、ぼちぼちぼちぼち言いすぎなので、
口頭試問を機に新たな気持ちで目指そうと思いまして。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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昨日、ちょっとびっくりしたことがあったので書きます。
予想外に夫の帰りが早くなったため、買い物せずに
ありあわせのもので急いで夕食を作ることになったんです。
自分でも味の想像がつかないまま、
レンズ豆300gほどと、たまねぎ2個、細ごぼう数本、
それに人参を3本、塩、こしょうと帆立の顆粒ダシを、
圧力鍋に入れ、水を注いで、圧力をかけて煮込みました。
オモリが激しく揺れて、火を止めて、圧力が下がるのを待って、
オモリを取って、ふたを開けてびっくり!
煮込んでいた時から、すごく良いにおいはしていたのですが、
見た目が全く予想外!
完全にクリームシチュー状態になっていたのです。
食べてみると、完全にクリームシチュー!
じゃがいものところがレンズ豆に置き換わっただけ!
ものすごくおいしかったです。
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