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「健康の実」という、おいしいドライフルーツのパックが、
よく行く自然食品のお店にあって、前はよく使っていたのですが、
最近とんと見かけなくなったんです。
それでお店の人にきくと、いろんな問屋さんをあたって、
取り寄せてくれました。ありがたく、さっそく二つ購入。
その健康の実と発酵バターを使ってパウンドケーキを作りました。

今回の私のこだわりは、「バターと卵を室温に戻す」という部分。
室温に戻す、と言っても、暖房を使っていない我が家で、
はてさてどこまで「室温」に戻せるのか。
そこで、朝一番にバターと卵を冷蔵庫から出し、
そこから敢えてかなり熱々の朝食を作ったり、
必死で「室温」を作り出すこと約2時間…
がんばれ…バターさんとたまごさん…戻るんだ…
つんつん。おお〜!「室温」だ〜!(たぶん。)
というわけで無事、パウンドケーキが焼けました。

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節分の太巻きには、野菜たっぷりのスープが良いなと思い、
"みずな"の中華スープにしよう、と思ったら、
もやしがおいしそう。ついでに豆苗もおいしそう。
ということで、まめまめしいスープ・中華風にすることに。
でもなぜか当初の予定のみずなも購入。
なかなか変更が効かない保守的な性格なんでね。
作り方は簡単です。帆立のだしでお野菜を煮て、
塩・こしょうを軽くして、最後にしょうゆとほんの少しのごま油。
なのにいかにも中華風というオーラが出ます。
まあ、「風」というところがポイントです。
さらに自信が無い時は、「さぬきほっち流」をつけると完璧です。

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最近、料理記事が多いなあ、とお気づきの皆さん。
これは、実は第二の仕事人生活突入前の、
「全てを規定値にする」計画の一環なのです。
ちょうど、お買い物袋持参運動や、毎朝の体操が、
完全に規定値(デフォルト、初期設定済み状態)になったように、
いろいろなことを規定値化して、やるかやらないかではなく、
どうやるか、何をやるか、いつやるかの問題になるようにしたいのです。
これは、変化が苦手でルーティンワークが大好きな自分の性格を
何とか良い方向に生かせないかと考えた上でのことでもあります。

だから料理もお菓子作りも、もともと私の幼い時からの趣味ですが、
どんなに仕事が忙しくなろうと逆にストレス解消にできるぐらいの、
完全な、強力な規定値(または常同行動)にしてしまう。
そのための集中的な繰り返し(刷り込み)をしているところなのです。

2008年新年の抱負のうち、
 ?図書館利用及び読書記録の復活(図書ノート、ほんの覚え書きを活用)
これがすでに軌道に乗りましたので、これを基礎に、

 ?質的研究法について自学する
 ?芸術のモチーフとしての障害、病気、死について考える
をやっていこうと思っています。

また、今やっているようなウェブサイトやウェブ日記やメールを生かし、
 ?英語力を維持、向上 
 ?博士論文のリサーチデザインを仕事に就く前にある程度作っておく
  データを取りながらも時々考える
も、いかに労力や負担を最低限に維持継続していけるかに注意しながら
実行していこうとしているところです。

新年の希望のうち、
 ?今年はタフスィール等をきちんと読んでいく
 ?Linux系をマスターして自分に合った使い方でPCを操る
これらももうすぐ軌道に乗るところです。

そういう方向でサイト改装も進んでいます。
構想はほとんどできあがりましたので、後は動かすだけです。
どうぞお楽しみに(して下さったら嬉しいな)。
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集中講義と体調の悪い時期が重なって、
このさぬきにっきにもしばしのご無沙汰をしていました。
その間に、ちゃっかりお菓子作りだけは猛烈にしていました。
もう完全に規定値になりました。
自分でも予想していなかったのですが、
買い物に行っても、市販のお菓子等を全く買わなくなりました。
若干ナルシストに、「冷凍庫にあるあのケーキの方がおいしいぞ」とか、
「これを買うならあのクッキーを焼いて食べた方がいいぞ」、とか、
心の声が聞こえてきて、結局買うのは材料だけです。
アルハムドゥリッラー、すごく良いサイクルができたと思います。

材料があると、作ることになりますよね。
例えば、イライラした時は、シナモンミルクが良い、
とは思うことはよくあっても、実際作るところまで行かない。
でも、シナモンパウダーが常備してあると、そら作りますわな。
そうそう、「バターを室温に戻す」という冬の難題も、
チョコレートのテンパリング(あたためって言えば良いのにな)を
している時にふと、完璧にできる方法を思いついたんです。

今後は、塩味系のお菓子や、パン、パイにも挑戦して行きたいですね。
パイだけはやったことが無いんですよ。あまり好きじゃなくて。
でもしょっちさんが大好きとのことで、
まあ、自分で作ったらおいしいかも知れないし。
(料理を極めるコツは無理にでもナルシストになることやと思います…笑)
一気に多めに作って冷凍、普段は小出しにして楽しむ、
というパターンがお菓子で定着したので、
なかなか難しいですが、ご飯のほうの材料のまとめ作りも、
何とかぼちぼちパターンを作っていけたら良いなあと思います。


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最近、印象的な再会を二度ほど経験しました。
一人は留学に行っていた友人との約1年ぶりの再会、
もう一人は去年お世話になった英語の先生との再会です。

後者は、再会と言っても、会おうと思ったわけでなく、
たまたま別件でそこへ行ったら先生がちょうどいらしたのでした。
そこで思ったこと。

実は私は、レッスン開始からある時期までは、
先生にひどく否定的な感情を持っていたことがあり、
途中で本当に、訣別するかどうかの瀬戸際まで(勝手に)
精神的な部分で追い詰められていたこともありました。
でもある時期からそれが無くなって、良い感じになったのですが、
その後、自分がそういう否定的な感情を持っていたことに、
ある種の罪悪感というか、失敗感を抱いていたんですね。

でも、先日また先生に会って思ったことは、
最初に私が抱いた印象も無理もない、ということです…
他の生徒さんとのやりとりを客観的に見ていて余計そう思いました。
一つには、先生の発音がそうさせるんです、多分。
ガッチガチのブリティッシュなので、ほとんど長音が無いし、
子音にかかるストレスが、ズバッと強烈なので、きつい印象なんですね。
そのために、無愛想でぶっきらぼう、冷淡で強圧的に聞こえるのです。
私の名前は特に子音が強いせいか、いつでも呼ばれるたび、
何も悪いことをしていないのに、叱られたかのようにビクッとしたものです。
先日も見事にビクッとしてしまいました。

二つには、おそらく先生の行動様式の基本がミラーリングだからなんです。
つまり、鏡のように相手に合わせてくるんです。
このメカニズムに気がつくまで、大げさでなく本当に苦しかったですが、
こっちが困った表情をすれば相手もそんな顔になるし、
緊張して硬くなれば向こうもますます張り詰めた感じになるのです。
合わせてるつもりでしょうが、3倍くらい怖い顔なんです、実際は。
もちろん沈黙しても、だからまるでスパイラル状態になるんです。
最初の頃の大変だった記憶がいろいろ蘇って、心底ゾーッとしました。

先生が初めて笑ったのは、当然、私が初めて笑った直後でした。
それも何だか驚いたような、確かめられているような感じでイヤだった…
そりゃもう、しょうがないやろう…と思いました。
ある時点で、今ここで先生から逃げたら英語の試験からも逃げてしまう、
さらにバカにされようが冷たくあしらわれようが構わない、と思って、
捨て身で自分の態度を無理やり前向きにして本当に良かったです。

時間が前後しますが、留学に行っていた友人と再会できたのは、
本当に良かったです。すごく成長を感じました。
いろいろな面で私も励まされたし、元気が出てきました。
何よりその友人と話をしていて、だんだん深まっていった最中に、
口頭試問の日から苦節3週間、論文の修正のことを常に頭に置きながら、
関係の無い本を読みあさったり、映画を見たり、
お菓子を作りまくったり、必死でジタバタしていましたが、
ようやく、どうやっていけば良いか、ひらめきがありました。

その友人(左手に障害がある)との話の中で、気づいたのは、
思った以上に私は、自分の病気に関することでちょっと傷ついていたんだな、
それも結構長期間、(私にとっては1週間以上は長いので)ということでした。
でも先日、やっと、その時その場にいた別の友人に、
自分の病気のことをきちんと話すことができました。
「知らなくて、ずっと冗談を言っていてごめんなさい」と言われました。
ちゃんと話をしていなかったことがすごく申し訳無かったと思いました。

しんどいし、勇気が要ることだとは百も承知ですが、
やっぱり、自分から、自分のことを表現していくということは、
本当に大事ですよね。表現しなければ何も始まらないから。
友人が言っていたように、いつか誰かが、例えば障害や病を得た時に、
おそらく最初は、その友人も私もそうだったように、
やり場の無い猛烈ないろいろな感情とか、絶望感、無力感とかも
経験するかも知れないけど、
ふと、「そういえば、あの人も病気があるって言ってたけど、
結構いろいろやってるなあ、ひょっとして、私にもできるかな、
私も大丈夫かも知れない、がんばってみようかな」って、
思ってくれることの、ほんの少しでもいいから、参考になれたらと思うのです。

そのためにも、表現しなければ始まらない。
それは、日記でも論文でも、絵を描くことでも音楽でも、
お菓子を焼くことでもそうだし、日々生きることもそうです。
この病気と一緒に。
がんばっていこうと思います。

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明日は、明日は、と思い続けて約3週間、
なんかもうずーっと不調ですわ〜なんせ痛みが引かない。
いつもこんなんだったっけ?もう分からなくなってきました。
多分、論文最終提出や口頭試問のあたりで踏ん張りすぎたんでしょうね。
どこかで計算を合わせないとあかんってことか。

なんか一昨日の日記も結局、ネガティブな感じになってましたが、
実際はいつでも病気のことを気にしているわけでもないし、
実際は本当に良い先生ですよ、別に宣伝するわけではないですが。
バラベンバラボンバ!っていう、意味不明なダンスを、
子どもに教えてちゃんと踊れるようにさせたってことを示すために、
何回も自分が踊ってその子どもに真似させようとしてたり…
他の生徒さんのレッスン中なのに、消しゴムが必要で、
消しゴムを握って離さない赤ちゃんごと持って行ったり…
靴を取って逃げる子どもの誘いに乗ってふざけあったり…
・・・

・・・結構長い時間、我慢して傍観していましたが、
さすがに私の教師モードがカチンと入って、ついには
「はい、あなたはさっさと自分の教室戻る〜
はい、あなたもさっさとレッスン続ける〜」と介入してしまいました。
まあでも、本当に(本当か?)良い先生です。
赤ちゃんや小さい子どもは人を見ますしね。

でも私も、対抗意識ではないですが、そんな子どもたちや先生を見ていて、
自分もまた働き始めるのが待ち遠しいなと思えました。
それはすごく良かったです。
スピーキングの練習をしている時、
発音でもなくて、文法でもなくてという話の流れの中で、
「"I have to be me"?」と自分が先生に確かめた、
このいわば「言わされた」言葉が今ではすごく印象に残っています。
まあひとことで言えば、勇気づけられたというか。
二つの再会でそういうことを考えさせられました。
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弘法筆を選ばず、と言いますが、
道具ってすごいなあと思ったことがありました。

私、6歳ぐらいからお菓子作りをしていたのですが、
粉ふるいっていうのがイヤだったんです。
その頃実家にあったのはプラスチックのもので、
カシャカシャやれどもやれども、なっかなかふるえないんです。
全然、少量ずつしか出てこないんです。

そんなわけで結婚してからは、裏ごし器で粉をふるったり、
何とか粉をふるわないで済むようにがんばったり、
いろいろしていたのですが、
つい最近満を持して「粉ふるい」そのものを買ったんです。
金属製の、別にすごく高いとかいうわけでもない、小さめの分です。
でもそれで粉をふるってものすごく驚きました。
カシャカシャカシャカシャ、速いのなんのって!
お菓子作りの楽しさが倍増しました。

昨日、とうとう強力粉の世界に足を伸ばそうと、
なんちゃってナンを作ってみました。
でも、なぜか家にはめんぼうが無く、すりこぎで伸ばしました。
かなり意地で伸ばしました。
が、今日めんぼうを買いました。

そんな、そこまでプロ仕様のものではなくて良いので、
道具は選んで良いと思います。そもそも弘法じゃないし。
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まさかこんな日が来るとは思いもしなかった、
と思うようなできごとが最近多いですが、
ある演出家さんが所属のユニットから一旦抜ける決断をされたとのこと。
まさかと思ったけど、本当みたいです。
その人は演出家さんだけではなくて、第一に笑か師さんでもあり、
ミュージシャン(ドラマー、作曲家)でもあります。
最近、その人がユニット内で全然演出をされなくなって、
だんだん私自身も彼らの舞台から足が遠ざかっていっていました。
他のところでは演出されているのになあ、と思っていました。
ミュージシャンとしても、別のところでされていました。
そんなことを思い起こしてみると、本当のところは分かりませんが、
何となく、そう脈絡の無い話でも無いかなと、私は思います。

それにしても、おもしろくて、楽しくて、大好きだから、抜ける、
仲間のために、自分のために、
というのは、なかなか勇気が要ることだと思います。
もし自分がそういう理由でどこかから抜けるとしたらと考えると、
多分現時点ではほんの小さな、方向性の違いとか、
そういうことがあって、目をつぶろうとすればつぶれるけど、
そのほんの少しのごまかしが、いつか自分の成長を止め、
いつかその滞りが仲間みんなの発展を阻害する、
それはどうしても避けないといけない、
という感じの状況が思い浮かびます。

比較にはなりませんが、私もこの春、
学部、修士と6年お世話になった指導教授の先生とお別れします。
今後、これまでにお約束していた件以外は、
先生の理論を自分の論文に書くことはもう無いでしょう。
修士論文を書きながら、その、あり得ないと思っていた
本当の「さようなら」が、少しずつ動かしがたい現実となって
私に迫ってきたんです。敢えて、離れるべきだと。
こんな日が来るなんて思わなかった、と思いました。
先生に感謝しているからこそ、生意気を承知で、
ここでお別れをしなければいけない、と思いました。
前に進むことに怖気づく理由は山ほどあるからこそ、
通ってきた橋を燃やさないといけない時がありますよね。

こんな事情もあり、私は演出家さんの決断に敬意を表します。
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笑うしかないようなことが起きるものですね。
どうも最近、持病の痛みが全然ひかないなあと思って、
かかりつけ医さんから前に入院した大きな病院を紹介してもらい、
行ったのですが、強い薬を勧められたので何となく、
イヤだなあと思い、行きつけの漢方薬局に行きました。
薬局と言っても、診察をしてから薬を処方する、
かなり本格的な漢方のお店です。

いつもの痛みだけじゃなくて、
首のリンパ腺が腫れて、痛くて仕方が無かったのですが、
病院に行った結果も含めて事情を説明し、
診察してもらった結果、分かった(というか実感した)ことは、
卵巣が腫れていて、それで甲状腺が腫れて、
首や他の場所のリンパ腺も腫れているということでした。
そういうことがあるのに無理をおして動いていたので、
心臓にも負担がかかっていたようです。
二年前の冬から、本当にまれにですが、
30分ぐらい続く動悸にみまわれたことも何回かありました。

「こんな状態で…生きているのがしんどかったんじゃない?」
と言われましたが、本当にそうでした。
かなりの間、計ってきませんでしたが熱もありました。
でも、ずっと痛みをがまんしてきた生活だったから、
よく分からなくなっていたんです、どこまでが正常範囲かが。
どこまで耐えるべきなのかが分からなくなっていました。
しかしまあ、アルハムドゥリッラー、働き出す前に気がついて良かった!
英語も論文も実習もよくできたもんだ、わはははは…

というわけで、漢方薬局の先生が、私専用の薬を作ってくれました。
映画の1シーンのような、小さな引き出しがいっぱいの薬棚や、
大小さまざまなビンやらその他の容器から、
これを一さじ、あれを一つかみ、それは秤で計って…
という調子で、すごくいろいろな薬がブレンドされていました。
そうやってできた粉薬が一種類、二種類の煎じ薬の「素」として、
どでかいお茶パックみたいなのが二種類、小袋が二種類、
共通使用にへんてこりんな生の「根」みたいなのが一本。

煎じ薬は自分で煎じないとダメと言うことで、
煎じ方を教えてもらい、昨日ちゃんとその通りに煎じました。二種類。
朝と夜に一種類と粉薬、お昼に別の種類、ということでした。
しかも、服用時間とか、二種類の薬の服用間隔とかもあって、
かなり計画的にやっていかないと計算が合わなくなるんです。
さらに粉薬の中身を見てみると、なななんと錠剤が7個も入ってました。
どないやねん!
粉薬は煎じ薬と合わせて服用、ということで服んだら苦くてまずい!
今日のお昼、もう一つの煎じ薬を服んだら、さらに苦いしまずい!
煎じ薬オンリーの方が、ブルブル震えがくるほど苦いしまずい!

でも、煎じるのがなんか魔法みたいでおもしろいし、
通常の30倍というアレルギーがあるのでじんわり効く薬の方が良いし、
とりあえず一週間様子を見ようと思います。



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