filizのページです。
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何かを発信することには、大なり小なり危険が伴うことがあります。
まず、他の人を傷つけないように、細心の注意を払うべきです。
そして、発信したことによって傷つけられることもあります。
例えば、今まで言わなかったことを、言ったことを、言い方を、
または、おまえもその一員だと、生意気だと、責められる。
これは、覚悟しておいたほうが良いですね。
私も最近丸かぶりしました。
今までもそういうこと多いんですけど。

良いと信じてしたことで、傷ついて、疲労困憊すると、
なんでこんな目にあわないといけないねん!って気分になったり、
弱気になってきたりしますけど、
それも含めて覚悟の上の発信の代償。
覚悟ってそういうものだと思います。
おいしいものでも食べて、ゆっくり休んで今後に備えよう。
ここで、「世の中そんなに甘くない」とかいう地点に逃げたくはないです。
そんな世の中をちょっとでも変えるために何ができるかってことだと思う。
少なくとも、4年前に研究者の道を選んだ自分にとって。
もちろんムスリムですから、ビイズニッラーなんですけどね。
ぽわ〜んぽわ〜ん[[pict:niko]][[pict:niko]][[pict:niko]]

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とうとう出た!スプリングです。
例の手帳のでかいバージョンのさらに3月始まりバージョン!
いっぱい書くぞ〜って思うだけでなんでわくわくするんでしょう。

そんな私は最近、
「チェ 28歳の革命」の映画や、「秘密の花園」のDVDを見たり、
柏葉幸子さんの短編集や図書館のレファレンスについての本、
イグ・ノーベル賞についての本などを読んだりしています。

そして今日は立春です。
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例の手帳のデカバージョンの4月(3月)始まり版がとうとう届きました。
やはり第一印象は「デカっ!」
カバーもカバーオンカバーも、冗談かというぐらい大きく感じました。
でも、抜群に書きやすそうです。
1日1ページの下にある日々の言葉が無い、という点を除けば、
圧倒的にカズンの方が良いと思いました。
夫は、日々の言葉を自作したら?その方がクリエイティブじゃん、と。
でも、自分があまり興味の無かった分野のこととかが書いてあって、
凝り固まっていた考えにふっと小窓があくような感覚が良いんです。
自作ではそんなこと可能でしょうか?やってみようかなぁ?
1年かけて集めたら何とかなるか?そこまでするか?
とにかく今年は、スプリングの使い勝手を試すという意味でも、
学習用統合ノートとして主に使っていこうと思います。
かぶってしまった週間カレンダーの通常版の方は、健康記録にしようかな?
それともカズンの週間の部分をそれにしようかな?
いろいろ流動的に試そうと思います。
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最近、勉強法に関する本を結構まとめて読んで、
何となくどういうふうにまとめていったら良いのか
イメージができてきた気がするので、少しずつ書いていこうと思います。
本当は、「夢の学校ノート」内なので、
「語学教室」というタイトルにしたかったのですが、
それだと実際にあるような感じがしてしまうので「ノート」にしました。

1 背景

まず、私自身の語学学習歴について。
基本的に、苦手です。
言葉はおもしろくて大好き、一日中携わっていても苦にならない、
というタイプでは全然ありません。
小学校の勉強の種類で言うと、国語、算数、理科、社会よりも、
音楽、家庭科、図工、体育の方が好き。
その中でも音楽と家庭科、特に調理実習になると急にテンションが上がります。
しかも、今でもそうですが、マニュアル(レシピ)どおり、きっちりはイヤ。
まじめにコツコツ習うより、
思いつくまま自分で何か作りたい、試してみたいタイプなのです。
かといって、すごくこわがりなんですけど、
突然やってみよう!精神を発揮する勝手な変わり者なのです。

<思い出したくもない中学時代>

というわけで、中学校の時は英語は苦手でした。
アルファベットもうまく書けないし、文章の組み立て方も分からないし、
もちろん発音もどうしようもなし。
基本的に中学校までは学校自体が嫌いだったし、
クラスも荒れていて、自分も心が荒んでいて、
教室ではいつもムスっとしていました。

仕方がないので、教科書準拠問題集を買って勉強しました。
教科書準拠CDも買えたのは、
当時ネーミング公募で採用されて図書券をふんだんにもらったからです。
それを何度もきいて音から丸暗記。
もともと記憶力はよくないし、目で見たものや、
疑問を感じたことは全然頭に入らないので、
教科書の主文だけに絞って、とてつもなく繰り返しきいてようやく憶える、という感じです。

なりゆきで出場が決まってしまった英語暗誦大会でも、
この丸暗記(根性)は役に立ち、
偶然周りの出場者のやる気がなさすぎて、
ちょっと感情を込めただけの違いで賞をいただきました。
それは、調理実習に例えれば、だれも揚げ物をやりたがらないので、
ためしに自分がやってみたらたまたまおいしくでき、
揚げ物上手だね〜とほめられるようなものでした。
要するに、やってみよう精神と実際にやってみたこと、
その時の運だけのことなのです。

(次回 <怖かった高校時代> に続く)

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<怖かった高校時代>
何となく、何とかなってきたかという中学英語時代を過ぎて、
高校でまた壁にぶつかります。
自分としては英語が「できない」から、できるようになったら良いなあ〜
ぐらいの気分で入ったつもりの国際教養科。
周りは英語が「好きな」「できる」人ばかり。
留学生も外国籍の人も帰国子女の人もいました。

授業は英語話者の先生と日本人の先生が組むのですが、
英語だけで行われることがほとんどでした。
はじめは、この英語だけの授業をただ聴くだけでもつらかった。
第1回目の英語オンリー授業の後は、特に先生が厳しかったこともあり、
本気で頭痛と吐き気に襲われました。
基本的にスパルタ式で、授業中にどんどん当てられるし、
手を上げろ、やる気がない!と怒られるし、
手を上げても日本語や和製英語で答えると即座に「英語で!」
やっと何とか単語で答えても、「センテンスで!」
センテンスで答えてもカタカナ英語発音なら容赦なく言い直し。
プリントもテストも書いてあるのは全て英語。
まず、何が書いてあるのかが分からない。
したがって、何を答えていいのか分からない。
初めての中間テストは、中学時代のそれと同様、相当ひどいものでした。
授業中に辞書を使って単語の意味を調べようものなら、
予習をやってきていない決定的な証拠とみなされまた叱られる。
ディクテーションやエッセイの宿題も毎週バンバン出ました。
というわけで予習、復習、宿題に追われて半泣きの日々でした。

こんな高校時代に学んだことは、
英語をはじめものごとは、やればすぐにできるとは限らないけれど、
やらなければ絶対できないということでした。
周りがペラペラだろうと、英語オンリーの環境だろうと、
自分ができるようになるかどうかは自分次第。
そこに存在さえしておけばできるようになるのではないのです。

ただその頃から、学校の内外で留学生の友人ができ、
その友人たちとも通じ合いたい一心で、
少しずつ自分が変わっていったような気がします。
積極性をみせなければ生きていけない環境におかれ、
強制的にですがそういう部分も育ったかなあと思います。
それでも、会話はやっとサバイバルのレベルに届くか届かないかの状態。
学校の授業についていくだけで精一杯で、個人的には何もしませんでした。
英検も、当時流行っていた英単語暗記本も、全然興味なし。
というかする余裕なし。
受験でも英語に関してはセンターの過去問をしたぐらいです。
もしも私立を受けたら、かなり難しかったのではないかなあと思います。

次回、<英語との別れと再会、学部&修士時代>に続きます。


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数日前、通勤途中の電車の中で発車直後の急停車により、
車内で乗客が将棋倒しのようになって転倒し、私は首を怪我しました。
いろいろな申請の関係上、ここに書くのは自粛していたのですが、
もうほぼ一件落着したので、できるだけぼやかして書きます。
どうしてそこまでして書きたいのかというと、
その、急停車の理由が、誰かの「駆け込み乗車」だったからです。

急停車の時の不気味な轟音、
ズザザザザザーと物や人がずれていく音、
そして抗し難い大きな力で引っ張られるいやな感じ、
私は、飛行機の着陸の寸止め、やり直しを経験したことがあるので、
その時のことがぱっと頭に思い浮かび、命の危険を感じました。
体の左側を下にして倒れたので、左足には痣ができました。
そして翌日、むち打ち症になったことが分かりました。

よく、車内アナウンスで「駆け込み乗車は危険ですからおやめ下さい」
と言われていますが、駆け込み乗車する人も危険だし、
その電車に乗っている乗客にとってもこんなに危険なんだと今回痛感しました。
腹が立っているわけではないんです。
ただ本当に、駆け込み乗車は危ないです。
ほんまにあかんで!
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<英語との別れと再会 学部&修士時代>

大学では英語はもちろん専門外です。
一般教養の英語さえも、取りかけてやめました。
英語を英語で学ぶ方式に微妙に慣れてしまって、
つまらないような、小難しいようなヘンな感覚がしたからです。
私の大学での専門は特別支援教育で、
その中でも医学(生理・病理)的内容や心理学に興味をもって取り組みました。
ベースとして小学校の教員免許も必要だったため、
音楽や図工など教科教育の講義もバラエティに富んでいておもしろかったです。
英語の学習としてはこの時ぱっくりと空白期間ができたことになります。

そんななか、学部卒業のあたりで、留学したいという夢が芽生えてきました。
目的は、当初は、日本より進んでいるといわれていた
海外の特別支援教育を現地で学ぶことでした。
現在の目的は、障害学の視点から日本とその他の国の特別支援教育を
比較研究し、博士号を取ることです。
というわけで、留学を目指してTOEFL(当時はCBT)という試験に取り組み始めました。
すっかり手を切ったはずの英語との再会でした。

ここでまたまた壁にぶつかります。
TOEFLに全く歯が立たないのです。
特にリスニングは、速いし長いし難しいし、集中力がもたず、
何のことやらさっぱり分かりませんでした。
その他、ストラクチャーもリーディングもライティングもボロボロ。

そこで、まずは全く歯が立たなかったリスニングの問題を何とかしようと、
BBCの子ども用ラジオ番組や語学CDなどを徹底的に聴き続けました。
そして徐々に他も…というところでさらなる壁にぶち当たりました。
TOEFLの改訂です。
iBTとなって、リスニング、リーディングはそれまでとは比べ物にならないほど長くなり、
ライティングも統合問題というものが増え、スピーキングが新たに加えられました。
どっひゃー!こりゃ無理!
ということで単発的に個人レッスンを受けたりして、
とうとう目標まであとわずかという点数が取れたところで、修士を修了。

これが現在に至るまでの背景です。

次回、<TOEFLと私>に続きます。
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